SMAPのいる日常

ありふれた日常と、ときどき昔話、そしてSMAP

テレビの役割は娯楽と世論操作

うちの近辺は、中東、イスラム圏からの移民が多く、戒律の厳しい国から緩やかな国までいろいろ。

ニカブで顔を隠して、頭の先からつま先まで全身黒づくめの女性がベビーカーを引いて歩いている横を、超ミニスカで太ももをあらわに自転車をこぐ女子高校生がすり抜けていく光景にもすっかり慣れました。

最近、イスラム圏の人を急に見かけなくなったなぁと思ったら、そうだ、ラマダンでしたね。

 

70歳を超えた叔母が運転免許証を返納したんですが、当日、車で警察署に行ったそうで、「帰りはどうするんですか?」と警察の人に聞かれたってw

車は後で息子に取りに行ってもらったそうですが、免許証を返納して正解かも。

この前、90歳の高齢女性ドライバーが人身事故を起こすという事件がありましたが、息子さんは開業医だそうで、今まで世間に後ろ指を指されることもなく、何不自由ない暮らしをしてきたであろうに、一日も早く返納していれば……。

亡くなった方やケガをした方があまりにも気の毒で。

ただね、「またしても高齢ドライバーによる交通事故です!」というあの報道の仕方はちょっと引っかかる。

加害者は「赤信号でも行けると思った」と供述しているそうで、信号無視が常習なら高齢だからという問題でもないでしょうに。

 

曽野綾子さんの「高齢者は適当な時に死ぬ義務がある」(週刊ポスト)から始まって、橋田寿賀子さんの『安楽死で死なせて下さい』(文春新書)や本人を呼んで安楽死をテレビで取り上げたあたりから、ああ、そっちの流れに持っていきたいのかな〜と思った。

尊厳死の法整備については大いに検討してもらって結構ですが、無為無策を棚上げにして、医療や社会保障費がひっ迫してきたから、年寄りには適当なところで死んでちょーだいね、ではあまりに短絡的。

むろん高齢者の側にもいろいろ問題はありますが、若い人が将来に夢が持てないのは、あたかも老人のせいだと言わんばかりに、若者の不満や怒りの矛先をそちらに向けようとするのは危険すぎると思う。

 

私らは、戦争経験者や全共闘世代と違って、戦わずして平和と豊かさを享受してきた世代なので、老後は多少苦労させられるかもしれない。

年金や医療を含めて、今までのようなわけにはいかないだろうと。

人間80年も生きたら、一度は食えない苦労というのを体験しなくちゃいけないんじゃないかとさえ思うきょうこのごろ。

それでも、何もかも長生きする年寄りが悪いんだー!というのは、天使と悪魔の二元論そのもので、安易に乗っかりたくない。

生涯現役なんて聞こえはいいけど、死ぬまで働けということ。

60代後半になれば、大病をしなくても、腰やひざを痛めて、働けなくなる可能性は十分にあるわけで、親が働けなくなって、年金も支給されないとなれば、結局、子どもにしわ寄せが行くだけ。

今までは「4つのポケット」といって、両方のおじいちゃん、おばあちゃんの支援があったから、若い夫婦は何とかやってこれた。それも期待できなくなる。

  

テレビによる刷り込みは怖いですね。

知らず知らず洗脳されちゃうから。

テレビが何と言おうが、自分の生活実態に照らして考えてみることが大切。

生活が以前より楽になっていますか、それとも苦しくなっていますか。

まずはそこだと思うんだけど、バブル崩壊後の不況が長かったから、「働き口があるだけ幸せ」というのがすっかり沁みついてしまったのかも……。