今回の選挙ですが、
中道改革連合の改選議席 公示前167議席→49議席 (-118議席)
・立憲民主党出身者 144人→21人 (-123人)
・公明党出身者 21人→28人 (全員当選)
民主主義が聞いて呆れちゃいますね。
1月23日に解散した時点でこの結果は決まっていたのかな。
123(ひふみ)は日本人にとって慶ばしい数字であるはずなのになぜかそれを忌み嫌う人たちがいる。
また、黙示録の獣の数字666(=18)もおそらく神の数字である「9(九)」とキリスト教の三位一体の「3」を掛け合わせて逆の意味を持たせているのかなと。
アルファベット17番目のQ(キュー)についてもこれ(神)を崇める人と呪う人がいる。
118⇔811 8月11日は「山の日」です。「山」という字が持つ深い意味を最近知りましたが、ここでは触れないでおきます。
さて、3週間前に亡くなった母についてですが、不思議なことがいくつかあったので、よかったら最後まで読んでください。
母が亡くなったのは1月18日の午前5時過ぎですが、実家が阪神大震災で全壊したので1月17日が命日にならなくてよかったなと。
写真を整理していたら、当時のものが出てきました。劣化して見づらいですが。
大正時代に建てられた家なので、2度目の余震のとき祖父が家を飛び出したあと一瞬で崩れたそうです。



今の建築基準法では再建のメドが立たず、結局、人手に渡すこととなり、ここで生まれ育って戦死した3人の伯父が盆や彼岸に帰る家もなくなってしまいました。
「戦争だけはいかん」というのが母の口癖で、だからといって左翼思想というわけではなく、皇室の話題は好きでした。性格は我慢強いほうなので、その分、念が強い。
誕生日は1月7日で、これも17でQです。
葬儀では菩提寺の住職さんにお経を上げてもらったのですが、実はお寺のほうも身内の方が亡くなって喪中であり、しかも亡くなられたのが1月7日。葬儀社の担当の方はお子さんが1月7日生まれだとおっしゃっていました。
先日、戸籍謄本を取り寄せたところ、
死亡日 令和8年1月18日
届出日 令和8年1月19日
受理した日 令和8年1月23日
123便の機体番号が8119なので、偶然とはいえちょっとびっくり。
しかも、1月23日に我が家の電波時計が2回エラーになって、今も正常に電波をキャッチできません。使いものにならない。
また、2月1日には弟が持っている祖父の遺品の古時計が母が亡くなった5時過ぎで止まり、電池を交換しても動かないそうです。
(1月2日は祖父の生まれた日であり、父の命日でもあります。)
これは戦争と人為的な災害は絶対に許さないという母の強いメッセージだと私は思っています。その思いを私が引き継ぎます。